薫風という言葉からは新緑萌ゆる5月のさわやかな風、というイメージが浮かびます。初夏の日差しのなかを吹き抜ける風、といったところです。
しかし、薫風は初夏の時期にだけ使われてきた言葉ではありません。真夏のうだるような暑さのなかでも使われた言葉でもあります。なぜそのようなことが起こるのでしょうか。
そこで、ここでは薫風の意味と使われる時期について解説していきます。
薫風の意味
薫風とは、
「初夏に若葉のかおりを漂わせて吹くさわやかな風。」
(新明解国語辞典より引用)
のことです。
また、季語の一つでもあり、「風薫る」の傍題としても歳時記に掲載されています。歳時記によると、もともとは和歌で草花の香りを運ぶ春の風として使われていたものが連歌で初夏の風とされるようになり、やがて俳句の季語として定着したとされています。
いずれにせよ、初夏のさわやかな季節を象徴する言葉が薫風といってよいでしょう。
しかし、中国の漢詩には真夏に薫風が使われている例があるのです。
人皆苦炎熱(人皆、炎熱に苦しむ)
我愛夏日長(我、夏の日長を愛す)
薫風自南来(薫風、自ら南より来る)
殿閣生微涼(殿閣、微涼を生ず)
初めの2行は唐の文宗が、次の2行は臣下の柳公権がそれに答える形で作った漢詩です。
人はみな、真夏の炎熱に苦しんでいるが、私は夏の日長を愛している。このように詠った文宗に対して柳公権が、南より吹いてくる薫風によって炎暑にあえぐ宮中もそのときばかりは涼しくなります、と返したというものです。
真夏の炎熱とさわやかな薫風との取り合わせは奇妙な感じがします。しかし、薫風は暑さのなかに一抹の涼を感じる、という意味でも使われると考えれば納得できるかもしれません。
たとえば、二十四節気の一つである立秋は時期的に猛暑の真っただ中に位置します。俳句では炎暑のなかであっても感じ取ることができる涼しさを立秋という季語にこめますが、この漢詩の薫風もそれと同じ意味で使われたということなのでしょう。
ただし、現在、薫風を真夏に使うのは一般的ではないようです。
薫風を使う時期
薫風を使う時期は5月の初旬から終わり頃までといわれています。薫風が使われるのは主に俳句と手紙です。
俳句では夏の季語となるので、使われるのは立夏以降となります。
一方、「薫風の候~」のように手紙の挨拶文で使う場合には、俳句のように厳密な決まりはありません。桜の季節が過ぎて気温も上がり、そろそろ夏を感じられる時期、たとえば4月の下旬頃から使っても問題ないようです。
一般的には5月に入ってから使われることが多いので、気になる方は俳句と同様に立夏を過ぎてから使うのがよいかもしれません。
まとめ
薫風という言葉からは、さわやかに吹き渡る風とまぶしいような新緑の輝きがイメージされます。しかし、そればかりではなく、炎熱のなかに一抹の涼味を感じ取るような豊かな感性をあわせもった言葉ともいえるでしょう。