季節の言葉

四季折々の言葉や行事を綴っていきます

春分とは何か?二十四節気を解説!

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春分二十四節気の春の部にある言葉です。春分の初日は昼と夜の長さが同じであり、秋の秋分初日といわば対になっています。どちらも太陽が地表を照らす時間がほぼ同じだからです。

 

しかし、秋分初日のほうが夏の暑さを引きずっていて気温が高いとされているのに対して、春分は冬から春への移行期にあたるため、気温は秋分初日よりも低くなります。

 

この他に、春分初日を中日とする前後3日間、合わせて7日間は春の彼岸と呼ばれ、各地の墓苑はお墓参りをする人々で賑わいをみせます。

 

ここでは、そんな春分について解説します。

 

春分はいつ?

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春分は毎年3月20日から4月4日頃までとなります。ただし、日付が特定されているわけではなく、年によって1日ないし2日程度ずれることがあります。その理由は、二十四節気の決められ方によるものです。

 

二十四節気とは、太陽の動きを基に農作業の指標となるように考えられた暦のことをいいます。春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ6等分して全体を24に分け、それぞれに名前をつけて、日々の暮らしの指標としたのです。

 

二十四節気は太陽の動きを基準にして作られた暦であるため、その日取りには毎年いく日かのずれが生じます。春分の日取りもそのずれに応じて決まるため、日付が決まっていないのです。

 

春の部は、立春、雨水、啓蟄春分清明穀雨の順に並んでおり、春分はそのうちの4番目となります。

 

2022年の春分は、3月21日から4月4日までです。

 

春分の意味

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春分とは、初日に昼と夜の長さが同じとなり、それ以降徐々に昼が長くなっていく時期のことをいいます。

 

昼の長さがもっとも短くなる冬至を経て、日脚が伸びていき、春分に至って昼夜の時間が拮抗。やがて、昼の時間が増えるとともに太陽の光によって地表が温められていき、桜満開の春本番へと季節が移っていく。

 

春分は冬から本格的な春を迎える分岐点となる時期ということができるでしょう。

 

春分の行事

春分初日は「春分の日」として国民の祝日となっています。また、この時期は春の彼岸とも重なります。

 

春分の日

春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」という意義をもった国民の祝日です。いわば、春になり姿を現し始めた様々な生き物に象徴される自然の息吹を感じる日ということができるでしょう。

 

太平洋戦争前、この日は9月の秋分の日とともに、春季皇霊祭、秋季皇霊祭として皇室の先祖を祭る国民の祭日とされていました。戦後、皇霊祭に代わり春分の日として、(秋は秋分の日として)国民の祝日となったのです。現在でも春季皇霊祭、秋季皇霊祭はともに皇室の大切な行事として毎年行われています。

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春の彼岸

春分は春の彼岸と重なります。

 

彼岸とはなくなった先祖の住まうあの世のことをいい、太陽が沈む西にあるとされてきました。いわゆる西方極楽浄土があるとされる場所です。これに対して生きている私たちが住む世界を此岸と呼び、彼岸の反対側、すなわち東にあるとされます。

 

春分の日は、昼と夜の長さが同じところから西の彼岸と東の此岸とが通じやすい日といわれ、先祖との交流もしやすくなるといわれています。そのため、春分の日を中心とした前後7日間を彼岸と呼び、お墓参りなどをして先祖を供養する日とされてきたのです。

 

具体的には春分の日の3日前を彼岸の入り、春分の日当日を彼岸の中日、彼岸の中日から3日後を彼岸の明けと呼んでいます。一般的に、お墓参りは彼岸の明けまでに行うものとされていますが、必ずしもそれにこだわる必要はないようです。大切なのは形式ではないので、忙しかったりお墓が遠方にあったりして行けない場合には自宅で供養をしてもよいとされています。

 

もともとは二十四節気と彼岸との間には何の関係もありませんでした。しかし、太陽の動きによって農事暦と先祖を祭る祭祀とが結び付き、現在みられる形となったのです。

 

まとめ

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春分について解説してきました。昼と夜の長さが同じという春分初日は、本格的な春の始まりを示すとともに、彼岸という形で日本の祭祀にも影響を与えています。春分の日には暖かな春の日差しのもと、なくなった先祖をしのび感謝をするためにお墓参りに出かけるのもよいかもしれません。

 

 


 

啓蟄とは何か?二十四節気を解説!

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啓蟄は「けいちつ」と読み、二十四節気の春の部にある言葉です。春の初めで、まだ寒さも残っていますが、冬の間いなかった虫の姿をちらほら見かけるようになる頃とされています。

 

また、松の木に巻かれた菰を外すときであり、さらには春を告げる雷、「春雷」が鳴る時期にもあたります。

 

本格的な春の到来を間近に控えた時期が啓蟄ということができるでしょう。

 

ここでは、そんな啓蟄について解説します。

 

啓蟄はいつ?

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啓蟄は毎年3月5日から3月19日頃までとなります。ただし、日付が特定されているわけではなく、年によって1日ないし2日程度ずれることがあります。その理由は、二十四節気の決められ方によるものです。

 

二十四節気とは、太陽の動きを基に農作業の指標となるように考えられた暦のことをいいます。春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ6等分して全体を24に分け、それぞれに名前をつけて、日々の暮らしの指標としたのです。

 

二十四節気は太陽の動きを基準にして作られた暦であるため、その日取りには毎年いく日かのずれが生じます。啓蟄の日取りもそのずれに応じて決まるため、日付が決まっていないのです。

 

春の部は、立春、雨水、啓蟄春分清明穀雨の順に並んでおり、啓蟄はそのうちの3番目となります。

 

2022年の啓蟄は、3月5日から3月20日までです。

 

啓蟄の意味

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啓蟄には虫が地面から出てくる、という意味があります。

 

「啓」は開く、「蟄」は土中にいる虫、という意味があり、両方が合わさって地中にいる虫が地表に出てくるという言葉になるのです。なお、ここでいっている虫は昆虫だけではなく、ヘビやトカゲといった爬虫類も含まれます。

 

昔の日本では、虫といえば、鳥や獣、魚以外の小動物のことをさしていました。冬の間、地中に隠れてきたそれらの虫が暖かくなると地表へと姿を現す、そんな時期を啓蟄という言葉で表したのです。

 

啓蟄の行事

啓蟄といっても何か特別な行事が行われることはありません。ただ、この時期には春の風物詩として行われる菰外しや、春を告げる春雷という気象現象が見られます。

 

菰外し

菰外しとは、初冬の頃、害虫予防のために松の幹に巻かれた菰を春になってから外すことをいいます。菰とはわらで作られたむしろのことです。これを冬の初めに松の幹の高さ2mほどのところに巻き、春になってから外して焼き払います。

 

冬、枯葉の間に身をひそめる虫の習性を利用して、松の幹に巻いた菰に害虫を集め、啓蟄の時期に菰ごと燃やしてしまうことで駆除を行うのです。

 

しかし、菰のなかには害虫だけではなく、益虫もいるため害虫駆除の効果はあまりないとされています。そのため、現在では春の風物詩として行っているところが多いようです。

 

なお、自治体のなかには、菰を外したときに害虫と益虫とを分け、害虫のみを残して焼き払うといった方式で行っているところもあります。

 

f:id:Dichter:20210922144650j:plain春雷

春雷とは春になってから鳴る雷のことです。冬は天気が安定していて晴れた日が多いのに対して、春になると低気圧の影響で雨の降る日が増え、同時に積乱雲が発生します。その際に雷が鳴るのです。春の訪れを告げる雷といえるでしょう。

 

春雷が多くみられるのは啓蟄の頃で、この時期に鳴る雷のことを虫出しの雷と呼びます。

 

また、春雷はひょうを降らせることがあるため、農作物に被害が発生するおそれもあります。

 

まとめ

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啓蟄について解説してきました。

 

虫が姿を現す時期ともなると肌感覚としての春が身近に感じられるようになります。まだまだコートは手放せませんが、本格的な春を間近にして何となくうきうきとした気分になる頃といえるかもしれません。

 

 


 

雨水とは何か?二十四節気を解説!

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雨水は二十四節気の春の部にある言葉です。「うすい」と読みます。時期としては春の初めにあたり、まだまだ寒さが厳しいときでもあります。しかし、この頃から農家では農作業の準備が始まりますし、お雛様を飾る家もでてきます。

 

生活のリズムが春に向かって動き始めるときが雨水の時期といえるでしょう。

 

ここでは、二十四節気の1つである雨水の時期や意味について解説します。

 

雨水はいつ?

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雨水の時期は毎年2月19日から3月4日頃までとなります。ただし、日付が特定されているわけではなく、年によって1日ないし2日程度ずれることがあります。その理由は、二十四節気の決められ方によるものです。

 

二十四節気とは、太陽の動きを基に農作業の指標となるように考えられた暦のことをいいます。春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ6等分して全体を24に分け、それぞれに名前をつけて、日々の暮らしの指標としたのです。

 

二十四節気は太陽の動きを基準にして作られた暦であるため、その日取りには毎年いく日かのずれが生じます。雨水の日取りもそのずれに応じて決まるため、日付が決まっていないのです。

 

春の部は、立春、雨水、啓蟄春分清明穀雨の順に並んでおり、雨水はそのうちの2番目となります。

 

2022年の雨水は、2月19日から3月4日までです。

 

雨水の意味

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雨水は、降る雪や積もっていた雪、さらには張り詰めていた氷が溶けて水となる時期のことをいいます。

 

吉丸一昌が作詞した唱歌「早春譜」のなかに

 

「氷解け去り、葦は角ぐむ

 さては時ぞと 思うあやにく

今日もきのうも雪の空」

 

という一節がありますが、これなど、雨水の季節を表現している作品かもしれません。

 

また、雨水は春一番が吹く時期としても知られています。春一番立春から春分までの間に初めて吹く風速8m以上の強い南風のことです。春一番が吹くと、急激に気温が上がりますが、すぐに元通りの寒さがやってきますので、体調の管理には気を付けたいものです。

 

さらに、この時期の気候の変化を表す言葉として三寒四温というものがあります。文字通り言えば、寒い日が3日続いたあとに暖かい日が4日続くというもので、暖かい日寒い日を交互に繰り返しながら過ぎていく春先の気候の特徴をうまくとらえた言葉です。

 

雨水の行事

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雨水の時期に行われる行事としては雛祭りがあります。毎年3月3日の桃の節句雛人形を飾って、女の子の健やかな成長を願って行われる行事です。

 

古代中国では、3月初めに水辺で体を清め、桃の酒を飲んで穢れをはらうとした行事が行われていました。一方、日本では自分の穢れを形代に移して海や川に流す流し雛という行事が行われており、この2つの行事に公家社会の雛遊びがくっついて出来上がったのが雛祭りの起源とされています。

 

一般的に、雛人形立春になったら飾り始めてよいとされています。しかし、縁起をかつぐのなら、雨水に入ってから飾るのがおすすめです。雛祭りの起源は水に関係しており、雨水は水が豊かにあふれ出す時期。そのため、雨水の時期に雛人形を飾ると良縁に恵まれるといわれているからです。

 

まとめ

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雨水は雪が雨に変わり、氷が溶けて水に変わる時期といわれ、雪解け水や春泥などという言葉が使われるときです。寒さは残っていますが季節はゆっくりと本格的な春に向けて動き出す時期になります。

 

 


 

 

立春とは何か?二十四節気を解説!

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立春は暦上で春になったことを表す言葉です。ただし、春とはいっても1年でもっとも寒いとされる大寒の次にくる季節のため、肌に感じる寒さは変わりません。むしろ、より寒いと思うことのほうが多い時期であり、春というには少し早すぎるというのが多くの方が実感しているところでしょう。

 

実は、立春の頃を境に日脚が伸びたと感じる日が増えてくるといわれています。実際に、昼間、太陽が出ている時間が冬至の頃と比べると長くなっています。日の出が10分早く、日の入りは40分遅くなっているのです。

 

寒い時期であることに変わりはないのですが、日照時間を考えると、厳しい冬の季節は過ぎつつあるといえるのが立春の頃なのかもしれません。

 

ここでは、立春の意味と行事について解説していきます。

 

立春の意味と時期

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立春とは二十四節気の1つです。

 

二十四節気とは、太陽の動きを基に農作業の指標となるように考えられた暦のことをいいます。春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ6等分して全体を24に分け、それぞれに名前をつけて、日々の暮らしの指標としたのです。

 

春の部は、立春、雨水、啓蟄春分清明穀雨の順に並んでおり、立春はそのうちの1番初めとなります。春が立つ日とされ、文字通り春の始まりです。立春の前日が節分で、春を迎えるにあたって、災厄をはらい、福を呼び込むための行事がにぎやかに行われます。

 

代表的なものが豆まきです。また、鬼の嫌う鰯の頭をとげのある柊に刺して玄関に立てることも行われています。

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さて、立春の時期は、基本的に2月4日頃から2月18日頃までですが、年によっては1日ないし2日程度の違いがあります。

 

二十四節気は太陽の動きを基準にして作られた暦であるため、その日取りには毎年いく日かのずれが生じます。そのため、立春の日取りも、そのずれに応じて決まるからです。

 

ちなみに2022年の立春初日は2月4日となります。この日から2月19日の雨水の前日までが立春の時期です。

 

ところで、正月にも新春や迎春のように春という言葉が使われます。その理由は、1年のうちに2回、春という季節がくるのではなく、新暦と旧暦とが混在して使われているためです。

 

旧暦は新暦よりも1ヵ月ほど遅くなります。そのため、旧暦の正月は新暦の2月頃にあたり、新しい年とともに春が到来したことを示す新春や迎春という言葉が使われてきました。明治になって新暦が使われるようになってからも、それがそのままの形で使われ、現在に至っているのです。

 

立春の行事

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立春の時期に行われる行事としては、立春大吉建国記念の日、さらにはバレンタインデーなどがあります。

 

立春大吉

立春大吉とは立春の日に災厄をはらうための玄関に貼るお札のことです。白地の紙に立春大吉と書き、それを玄関先に貼ることで家に鬼が入ってくることを防ぎ、厄除けとしたのです。

 

立春大吉という言葉は左右対称で、表側から見ても裏側から見ても同じように見えます。そのため、鬼が家に入ってきてもこの言葉を見ることで、まだこの家には入っていないと勘違いをして出て行くといわれています。

 

災厄をはらう縁起のよい言葉とされているのです。

 

建国記念の日

建国記念の日は2月11日で国民の祝日です。この日は神武天皇が即位をされた日とされ、太平洋戦争前は紀元節と呼ばれて様々な行事が行われてきました。

 

戦後、紀元節GHQにより廃止されます。その後、国民の祝日を定めるにあたって世論調査が行われましたが、そのときに、この日を建国記念日とすべきとの考えをもつ人が多いことがわかりました。

 

しかし、歴史的に確定している日ではないことや、戦前、国策としての戦争遂行の手段として使われてきたことなどへの反発などの理由から建国記念日の取り扱いについての議論が続きました。

 

その結果、昭和41年に国民の祝日に関する法律により「建国をしのび、国を愛する心を養う」日として、2月11日が、「建国記念の日」として定められたのです。

 

この日には国家としての行事は行われませんが、全国で様々な式典や奉祝パレードが行われます。

 

バレンタインデー

2月14日はバレンタインデーです。女性が男性にチョコレートを渡して愛の告白をする日として親しまれています。ただし、現在では愛の告白だけではなく、目上の人や親しい友人に対する贈り物としての側面もあるようです。なかには頑張っている自分へのご褒美としてチョコレートを買う、という方もいます。

 

もともとは、恋人同士が贈り物をする日とされてきたバレンタインデーですが、その日をチョコレートの販促に利用するところから始まったのが日本におけるバレンタインデーでした。

 

そのため、バレンタインチョコの風習があるのは日本だけといわれています。また、そのお返しとしてのホワイトデーも海外にはないようです。

 

まとめ

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立春は真冬の寒さを引きずりながらも、徐々に春へと季節が進んでいく時期といえます。日照時間も長くなり、梅の花が咲き始めるのもこの頃です。

 

立春の前日に行われる節分の豆まきや、立春当日の立春大吉などの行事には春の日差しが感じられます。さらに、バレンタインデーのように華やいだ行事も行われ、春に向けて心が少し軽くなってくる時期が立春ということもできるでしょう。

 

 


 

 

大寒とは何か?二十四節気を解説!

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大寒小寒の次の時節で寒さがもっとも厳しい時期とされています。小寒大寒に入る前のウォーミングアップの時期とすれば、大寒こそが本格的な真冬ということができるでしょう。

 

小寒大寒とをあわせた1ヵ月間を「寒」といいます。この時期には寒稽古や寒中水泳といった寒にちなんだ行事が行われるとともに、寒仕込みと呼ばれる食材が注目を集めます。

 

寒さが極まる時期に行うあえて行う稽古や、同時期に作られる食材に昔の人は特別な思い入れをもったのです。

 

ここでは、そんな大寒について解説していきます。

 

大寒の意味と時期

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大寒とは二十四節気の1つです。二十四節気の前の時節である小寒と対になっており、小寒に入ったその日を「寒の入り」と呼びます。寒の入りから立春前日までを「寒」と呼び、立春となったその日を「寒の明け」をいいます。

 

小寒大寒を合わせた約30日間を「寒」と呼んでいるのです。大寒はその後半にあたります。

 

ちなみに、二十四節気とは、太陽の動きを基に農作業の指標となるように考えられた暦のことをいいます。春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ6等分して全体を24に分け、それぞれに名前をつけて、日々の暮らしの指標としたのです。

 

もともとは古代中国で発祥した暦なので、日本の気候とはあわないところも多くありました。そのため、日本人はそれを日本の気候に合わせて改良して使ってきたのです。

 

冬の部は、立冬小雪、大雪、冬至小寒大寒の順に並んでおり、大寒はそのうちの5番目。冬の部の最後になります。

 

大寒の時期は、基本的に1月20日頃から2月3日頃までとされていますが、年によっては1日ないし2日程度の違いが生じます。

 

二十四節気は太陽の動きを基準にして作られた暦であるため、その日取りには毎年いく日かのずれが生じます。そのため、大寒の日取りも、そのずれに応じて決まるのです。

 

ちなみに2022年の大寒は1月20日となります。

 

大寒の行事

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大寒には寒稽古や寒の水にちなんだ食材が作られます。いずれも、1年でもっとも寒さが厳しい時期に行なわれることに意義があるとされた行事です。また、大寒に限らず、寒の時期には寒中見舞いを出す習慣もあります。

 

寒稽古

寒さの厳しい寒の時期を選んであえて行われる寒稽古には、心身を鍛えるという目的があります。柔道や剣道、さらには空手といった武道で行われているのが有名です。

 

いずれも技術を磨くよりも、精神面での鍛えを重視して行われています。

 

ちなみに医学的な見地からは寒擬古は否定されているとのことです。

 

寒仕込み

寒仕込みとは寒の水を使って食材を作ることをいいます。たとえば、酒、味噌、醤油などが代表的です。寒の時期の水は冷たくて雑菌も少なく、長く保存できるとされていました。また、寒の水には霊力があるといわれており、特に寒に入って9日目にくんだ水は「第九の水」として珍重され、薬として飲まれることもあったのです。

 

さらに、大寒の時期にニワトリが産んだ卵は「大寒卵」といわれ、金運アップと健康増進の2つの効果があると信じられてきました。

 

寒中見舞い

寒中見舞いは寒の入り(小寒の初日)から寒の明け(立春初日)までの間に出される挨拶状です。喪中などで年賀状を出せなかったときや季節の挨拶として出すことが多いようです。

 

なお、寒の時期を過ぎて出す場合は寒中見舞いではなく、余寒見舞いとなります。

 

まとめ

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大寒小寒と対になって「寒」という一文字で使われることが多い言葉です。しかし、その意味は小寒よりも、より寒さのまさった厳冬というべきものになります。実際、大寒から次の立春にかけての時期がもっとも寒くなるからです。

 

暖かくして風邪などひかないよう、注意して過ごしてまいりましょう。

 


 

小寒とは何か?二十四節気を解説!

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小寒は、1年でもっとも寒さが厳しいとされる大寒に入る前の時節になります。いわば、厳寒を迎えるためのウォーミングアップの時期といえるでしょう。

 

正月休みも終わって、仕事や学校が始まります。また、寒風の中、厚手のコートやジャケットに身を包んだ人たちが街を行き交う姿を日常的に目にする時期でもあります。

 

鏡開きや成人式、さらには小正月と呼ばれる旧暦の正月が行われるのもこの頃です。

 

ここでは、そんな小寒について解説していきます。

 

小寒の意味と時期

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小寒とは二十四節気の1つです。二十四節気の次の時節である大寒と対になっており、小寒に入ったその日を「寒の入り」と呼びます。寒の入りから立春前日までを「寒」と呼び、立春となったその日を「寒の明け」をいいます。

 

小寒大寒を合わせた約30日間を「寒」と呼んでいるのです。小寒はその前半にあたります。

 

なお、「小」という字は、大寒よりも寒さがきつくないという意味で使われているのではありません。これからますます寒くなりますから注意しましょう、という意味がそこには含まれているのです。うがい、手洗いはもちろん、マスクの着用も忘れずにして風邪などひかないようにしたいものです。

 

ちなみに、二十四節気とは、太陽の動きを基に農作業の指標となるように考えられた暦のことをいいます。春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ6等分して全体を24に分け、それぞれに名前をつけて、日々の暮らしの指標としたのです。

 

もともとは古代中国で発祥した暦なので、日本の気候とはあわないところも多くありました。そのため、日本人はそれを日本の気候に合わせて改良して使ってきたのです。

 

冬の部は、立冬小雪、大雪、冬至小寒大寒の順に並んでおり、小寒はそのうちの5番目にあたります。

 

小寒の時期は、基本的に1月5日頃から1月19日頃までとされていますが、年によっては1日ないし2日程度の違いが生じます。

 

二十四節気は太陽の動きを基準にして作られた暦であるため、その日取りには毎年いく日かのずれが生じます。そのため、小寒の日取りも、そのずれに応じて決まるのです。

 

ちなみに2022年の小寒は1月5日となります。

 

小寒の行事

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小寒の頃に行われる行事には、成人式があります。また、正月行事として七草粥や鏡開きも有名です。さらには、旧暦の正月を祝う小正月もこの時期に行われる行事となります。ここでは、成人式、七草粥、鏡開きについて解説します。

 

成人式

成人式は子どもから大人になったことを祝う行事です。昔は、男性の場合は元服、公家の女性の場合は裳着と呼ばれて、身に付ける着物を子ども用から大人のものに改めることが行われていました。

 

着物を変えることが、大人になったことを示すものとされたのです。現在でも成人式を迎えると、男性は和服、女性は振袖を着る人が多くいますが、その由来はここからきているのです。

 

現在では、毎年1月第2月曜日が成人の日と定められており、この日には自治体ごとに20歳を迎えた成人を祝う行事が行われます。ただし、少子化や地域の過疎化といった社会情勢の変化から自治体によっては日を変えて行うところもみられます。

 

なお、振袖には厄除けの効果があると信じられてきました。「袖を払う」仕草が厄を払うことと結びつき、成人式を始めとする人生の節目には振袖を着るとされてきたようです。

 

七草粥

七草粥は毎年1月7日に無病息災、健康長寿を願って食べるとされる行事です。1月7日は人日(ジンジツ)の節句といって季節の変わり目ごとに幸せを祈願する五節句の1つとなります。

 

この日に七草と呼ばれる7つの野菜をお粥といっしょに食べることで厄を払い、健康になると考えられてきたのです。

 

七草とは、セリ、ナズナゴギョウハコベラホトケノザスズナ(蕪)、スズシロ(大根)のことで、春の七草とも呼ばれています。

 

これらの野菜にはいずれも消化促進の効果があるといわれており、暮れから正月にかけて酷使した胃腸を整えるのに適しています。この意味からも健康を願う行事として七草粥が庶民の間に定着してきたといわれているのです。

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鏡開き

鏡開きとは、正月に歳神の依代として備えていた餅を食べることで歳神のもつ霊力を自分の身に取り入れようとする行事です。歳神の霊力を身内に取り込むことで福を呼び込もうとしたのです。

 

鏡開きが行われるのは1月11日とされていますが、土地によっては違う日に行われる場合もあり、全国一律に決まっていません。

 

歳神に供えた丸餅を木槌などで叩いて砕き、お雑煮やお汁粉、かき餅などにして食べます。このとき、包丁で餅を切ってはいけないとされています。鏡開きは、もともと武家の行事から始まっており、餅を切る、というのは切腹を連想させるとして忌まれてきたからです。

 

まとめ

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小寒は、大寒に向けて厳しくなっていく寒さへ備えを固める時期です。七草粥の行事も体調を整えて寒さに立ち向かうという意味があります。

 

体調管理をしっかりして厳しい冬を乗り越えていきましょう。

 

冬至とは何か?二十四節気を解説!

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冬至は1年のうちでもっとも昼の時間帯が短いとされている日です。国立天文台がホームページで公表している冬至の日の入り時刻をみると、毎年16時30分前後となっています。ざっくりといって、夕方の5時を過ぎればあたりは真っ暗になるのが冬至の時期なのです。

 

また、この時期は12月の終わりにも近く、冷たい風が身に沁みてくる頃です。 

 

その一方で、年の暮れともあって、忘年会やクリスマスなどの行事も行われ、街がきらびやかになる時期でもあります。

 

ここでは、そんな冬至の意味と時期、さらに行事について解説していきます。

 

冬至の意味と時期

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冬至とは二十四節気の1つで、もっとも昼が短く夜が長い頃をいいます。また、この日は物の影が1年でもっとも長くなるときでもあります。二十四節気が作られた中国では、この冬至の日に観測された影の長さとほぼ同じ長さになる日までを1年として数えました。

 

そのため、二十四節気冬至から始まり、冬至で終わるサイクルとなっています。

 

ちなみに、二十四節気とは、太陽の動きを基に農作業の指標となるように考えられた暦のことです。春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ6等分して全体を24に分け、それぞれに名前をつけて、日々の暮らしの指標としたのです。

 

もともとは古代中国で発祥した暦なので、日本の気候とはあわないところも多くありました。そのため、日本人はそれを日本の気候に合わせて改良して使ってきたのです。

 

冬の部は、立冬小雪、大雪、冬至小寒大寒の順に並んでおり、冬至はそのうちの4番目にあたります。

 

冬至の時期は、基本的に12月21日頃から1月4日頃までとされていますが、年によっては1日ないし2日程度の違いが生じます。

 

二十四節気は太陽の動きを基準にして作られた暦であるため、その日取りには毎年いく日かのずれが生じます。そのため、冬至の日取りも、そのずれに応じて決まるのです。

 

ちなみに2021年の冬至は12月22日となります。

 

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さて、冬至になる日は1年中でもっとも太陽の出る時間が短く、万物の衰えがその頂点に達する日とされてきました。このことは裏を返せば、冬至の日を境に万物が再び力を取り戻していくことを意味します。

 

そこで、昔から冬至を「一陽来復」という言葉で呼び、物事が好転していく日として祝ってきました。昼の時間が伸びていくさまを太陽の力が蘇ることとみなして、力をもらおうとしたのでしょう。

 

冬至は、このほかに「冬至冬中冬始め」とも呼ばれ、厳しい冬を迎える時期にあたるともいわれてきました。暦上の冬は立冬から始まり、立春の前日までで終わりますが、寒さはむしろ立春以降が厳しくなります。

 

これは太陽によって地表が温められるとはいっても、そこには一定のタイムラグがあり、言葉のうえでの季節と実際の季節には差がでてくるところから生じる現象です。

 

冬至は暦上では冬の中間にあたりますが、実際にはこの日から本格的な冬の寒さが始まります。次の節気である「小寒」「大寒」とどんどん寒さが厳しくなっていきます。「冬至冬中冬始め」はそのような季節の移り変わりをうまく言い表した言葉なのです。

 

冬至の行事

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冬至の行事といえば、かぼちゃを食べることとゆず湯に入ることというのが一般的といえるのではないでしょうか。また、冬至から次の小寒に至る期間には、クリスマス、大晦日、お正月などの大きな行事が目白押しです。

 

ここでは、冬至当日に行われるかぼちゃを食べることとゆず湯に入ることについて解説していきます。

 

かぼちゃ

冬至にかぼちゃを食べる理由はかぼちゃに含まれる栄養を摂って寒い冬を乗り切るためといわれています。

 

かぼちゃにはビタミンやカルシウム、鉄分といった栄養素が含まれており、疲労回復や免疫力のアップ、さらには老化防止といった様々な効果が期待できます。

 

また、保存がきくため、夏に収穫したかぼちゃは冬至の頃までもたせることができます。昔は、現在のように何種類もの野菜を1年中食べることができた時代ではありません。そのため、栄養価が高く保存のきくかぼちゃを冬至に食べることが行われてきたのです。

 

ゆず湯

冬至にゆず湯に入るのは、「一陽来復」と呼ばれる福を呼び込むための禊の意味があるといわれています。

 

神聖な行事を行う前には斎戒沐浴という決められた儀式を行って身を清めることが行われています。ゆずの香りには邪気を払う効果があるといわれており、冬至にゆず湯に入ることが福を呼び込む禊となると考えられたのでしょう。

 

また、「冬至」と「湯治」、「ゆず」と「融通」といった具合に語呂を合わせた縁起物としての意味もあるといわれています。

 

さらに、ゆずの皮にはビタミンCが豊富に含まれています。湯に浸けることでビタミンCが溶けだすため、その湯に入ることによって美肌効果が期待できるのです。

 

まとめ

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冬至は「一陽来復」の異名のとおり、極限まで弱まった太陽の力が再び力を取り戻していくときです。すべてが良い方向へと向かい始めるときということができます。

 

そのための行事として、冬至にはかぼちゃを食べたり、ゆず湯に入ったりすることが行われてきました。年末で何かと気ぜわしいときですが、このような行事を取り入れることで季節を楽しむのもよいのではないでしょうか。