秋が深まり、朝晩がひんやりした空気に包まれるようになると聞こえてくるのが虫の鳴き声。そんなときにちょっとだけ頭をよぎるのが虫すだくという言葉ではないでしょうか。
ところで、虫すだくという言葉は時々聞くけれど正確にはどんな意味なのかな。こんな疑問をもつことはありませんか。
実は虫すだくとは歳時記の秋の部に載っている季語です。秋の夜に虫たちが鳴く声を表現した言葉になります。けれども単に虫の鳴き声をさしているだけではありません。「すだく」という言葉にはもともと集まるという意味があり、それが虫とくっつくことで虫の鳴き声を表すようになったのです。
ここでは、虫すだくの意味について解説していきます。
すだくの意味とは
「すだく」を漢字で書くと「集く」となります。既述の通り、もともとは集まるとか群れるという意味がある言葉です。
たとえば万葉集や伊勢物語、さらには源氏物語といった古典には、人や鳥だけではなく鬼といった妖怪までもが群がり集まる場面を描写するのに使われていました。
これがたくさんの虫が集まって鳴く意味で使われるようになった理由は、使い方を誤ったためとされています。すなわち、時代が下がるにつれて「すだく」が誤って鳥や虫が鳴く意味あいとして使われ、それが定着したというわけです。
現在、ネット上で「すだく」の意味を検索すると、1番目に虫が集まって鳴くこと、という解説がでてきます。2番目にくるのが群がる、集まる、という解説です。誤って使われたほうがもともとの正しい意味よりも解説の上位にきているのはとても興味深いといえるでしょう。
虫すだくの使い方は
虫すだくは季語として虫が集まって鳴いている様子の表現に使われます。その際には虫の音すだくとは書きません。あくまでも虫すだくとして使用します。
俳句を作るときの季語としてではなく、日常の文章であれば虫の音すだくでも問題はありません。
現在では「すだく」は「虫」と一緒に使われている例が多いようです。使われ方としては、虫が鳴いている様子と集まっている様子とを一つにまとめているものとそれぞれを独立させているものとに分かれています。
たとえば、
「夜ごとに虫がすだいて啼きはじめるあの笹むらのなかで、」
(『樹下』堀辰雄 より引用)
は、集まると鳴くが独立して使われています。
また、
「白く乾いた庭の土に秋の虫がすだき始め、」
(『海市』福永武彦 より引用)
では集まる、鳴くが一緒に使われているのです。
まとめ
現在、虫すだくはあまり使われなくなったといわれています。虫が集まって鳴くといえばすむ、といってしまえばそれまでですが、少しさみしい気持ちになります。あまりに散文的で情緒が乏しい思いがするからです。
秋の夕暮れから夜にかけて聞こえてくる虫の音は暑かった夏が終わり、季節が移り変わっていくことを告げます。その折の感傷の表現として虫すだくという言葉はぴったりくるのではないでしょうか。